子どもたちが教えてくれる大切なこと

近頃、新聞を開くと、地球温暖化対策や温室効果ガス削減といった文字が並び、テレビをつけると、エコカー、エコポイント、エコ対策等の言葉が華やかなコマーシャルにのって飛び込んできます。
国を代表する政治家の示す数字も理にかなっているとは思えず、コマーシャルに至っては、いつしか本質は消え、ただの謳い文句となってしまっているのでは……と思えます。

先日、朝の読み聞かせに行かせてもらっている3つの小学校で、たまたま高学年が重なり、『あなたが世界を変える日』と『ハチドリのひとしずく』を持って行ってきました。

前者は今から17年前の6月、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球環境サミットで、当時カナダに住む12歳の少女、セヴァンが友達と立ち上げたグループECO (Environmentel Children’s Organization/子ども環境運動)の代表として、世界各国の主要人を前に6分間のスピーチをしました。その言葉は人々の感動を呼び、世界を駆け巡り、いつしか「リオの伝説のスピーチ」と呼ばれるようになったというものです。

後者は、南米アンデス地方に伝わる、わずか17行のお話から始まっていて、副題に「いま、私にできること」と書かれているように、小さな力の大切さを教えてくれています。

後日、再び小学校を訪れると、踊り場のコーナーに生徒たちの感想の一言が掲げられていました。

「セヴァンは本当に、真剣にECOのことを考えていると思いました」
「ぼく達にもやれることがいっぱいあると思いました」

などと書かれており、また別の小学校では、セヴァンのその後の活動に興味をもったり、自然を守ろうとする活動に目を向けようとする話を生徒達から聞くことができました。
わずか15分という時間の中で、セヴァンのスピーチと関連した本を紹介したに過ぎなかったのですが……。ウラもオモテもないセヴァンの言葉は、まっすぐに心に響き、子どもたちの胸の中に自分たちの住む地球環境に対して何がしかの種が蒔かれたようです。

さて、ここからは大人の問題! えらそうなことは言えません。
私自身、本音と建前が交錯した日常に身を置き、政治の駆け引きや企業の戦略が見え隠れするものにいつしか踊らされていることに気づかされます。
どうせ!とか、たかが……とかで始まる“あきらめ”や“無力感”は、大人社会が作り出している黒雲なのかも知れません。

子どもたちに芽生えた希望の芽がスクスクと育っていかれるように温かく見守り、時には手を差し伸べることができるような、そんな、お・と・なになりたいと思います。
決して明るいとは言えないニュースの前でくじけそうになった時、この本を読み返したいと思います。誰の心の中にでもいるセヴァンが勇気をくれること、まちがいなしです。



              セヴァン・カリス=スズキ●著
                ナマケモノ倶楽部●訳
                学陽書房 定価1050円



                  辻信一●監修
                光文社 定価1200円




言葉のリズムに身を委ねよう

『ブックスタート』という言葉をご存知ですか?



これは、0歳の赤ちゃんの時から絵本で楽しく温かいひとときを持ってもらおうと、“Share Books with your baby”というキャッチフレーズで1992年にイギリスで始まりました。


赤ちゃんに絵本を“読む”のではなく、本を開いている時間の楽しさをお母さんと分かち合う(share)、そんなひとときを応援する運動です。

日本でも2000年の「子ども読書年」に紹介され、すべての赤ちゃんと保護者を対象とした市区町村単位の事業として導入され始めました。
保健センターや図書館などが連携し、さらに多くのボランティアが加わり、日本全国に1804ある自治体のうち687市町村で実施されています(2009年2月末日現在)。


私の住む那須町でもこの『ブックスタート』を目標に絵本の力を子育てに活かそうと、2006年から保健センターで行われる「10ヶ月健診」に図書館からたくさんのファーストブック(赤ちゃんが最初に出会う本)を持ち込み、紹介してきました。


そして2009年4月、「絵本は心を育てるミルクです」という関係者の思いが実を結びました。


保健師、図書館員、支援ボランティアの間でピックアップされた三冊の絵本の中からお母さんに一冊選んでもらい、それをプレゼントする『ブックスタート』がついに始まったのです。

「0歳児に絵本?」と危惧される方がいらっしゃるかもしれませんが、赤ちゃんと絵本を読み合うとき、言葉の意味はそれほど重要ではありません。
意味の世界に入っていくのはもっとずっと後のことです。

赤ちゃんは、ただひたすら、言葉の持つリズム、メロディ、響きのおもしろさや心地よさの中で楽しみ、遊びます。


そして何より、そんな赤ちゃんの笑顔に接することで「人が育つとはどういうことか」「心を通わせるにはどう向き合えばよいのか」など、理屈を超え、ほのぼのと親になれる心を絵本は届けてくれます。


愛される喜び、愛せる喜びを経験することによって、子育ての極意ともいうべき「自分育て」への道へとつながっていくのでしょう。
絵本はそんな機会をももたらせてくれます。


「もこ」「にょき」「ぽろり」など出てくる言葉は擬音ばかり。

赤ちゃんの宇宙観的世界が理解するにはこれで十分です。


「し~ん」から「もこ」となった瞬間、世界は動き始めます。

赤ちゃんの感性に身を委ね、親子でいっしょに楽しみましょう。


ジェズ・オールバラ●作・絵

徳間書店 定価1470円




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魔法の時間のつくり方


 師走……カレンダーが最後の一枚になってしまいました。


 この一年、果たしてどんな年であったか、過ぎ去った時間への惜別と来る年への祈りが重なり、いとおしさが増す12月の暦です。


 少し若かった頃、家庭、子育てを右肩に、左肩には重量オーバーの仕事を載せ、夢中で日々を過ごしていた時がありました。

 親子という人間関係につまづいたり、「元気な私」を無意識に演じ続けた結果、心の蝶番が音を立て始めていた……そんな時に一冊の絵本に出会いました。


 『A Time to Keep』。


 日本で出版される前のことです。

 英語での解釈はできなくても、柔らかな色彩で描かれた愛らしい子どもたちの描写を通して、古き良きアメリカの暮らしが心の安らぎを運んできてくれました。

 その後しばらくして再び出会った時の喜びは、言うまでもありません。


 作家の名はターシャ・テューダー。

 題名は、『輝きの季節』となっていました。

 それから間もなく、アメリカ・バーモント州での自然と共に生きる暮らしがテレビで紹介され、多くの人の知るところとなりました。


 今回ご紹介する『ベッキーのクリスマス』は、ターシャの描く、愛にあふれ喜びに満ちた日常生活のなかでもっとも大切に迎えた〈クリスマス〉への道のりが、実話を元に描かれています。

 

 「テューダー家では、クリスマスは一日だけのことではありません」との言葉で始まり、当日までの過程を楽しむ、まさに〈魔法の季節〉なのです。

 日本のイベント化されたクリスマスに慣れてしまった私たちには、そのすべてがため息の出るような別世界です。


 主体的で自立した生き方を世界中に発信し、多くの共感や支持を得てきたターシャでしたが、残念なことに、今年の6月に家族に見守られながら93歳で亡くなりました。

 つい数年前のことです。


 吹雪を心配して電話をくれた友人に対し、ターシャはいつもの口調で「これ以上ないくらい元気よ! 8フィート(2.4m)も降ったのよ! 素敵だわ!!」と答えたそうです。


 「想像力を衰えさせないこと」

 「物事を楽しむ感性を持ち続けること」


 ターシャの言葉には、あこがれを現実化する魔法の要因が詰まっています。

 易きに流されやすい私のなかにも小さな暖かいキャンドルが灯ったような気がします。


 新しい年は目の前です。皆様も、どうぞよいお年を!


ターシャ・テューダー●作・絵
ないとう りえこ●訳
メディアファクトリー 定価1680円




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人の死がおしえてくれること


 京都市伏見区。ぷーじ(主人)の郷里です。


 先日義母が亡くなり、10日間ほど帰省し、葬儀その他もろもろの手続き等を終えてきました。

 避けては通れない「死」について考える時、誰しもが見習いたい、母のような最後でありたいと思えるような88年の幕引きでした。


 母の家は旧街道に面していて、周囲には大河ドラマ「篤姫」に登場する「寺田屋」をはじめ「歴史的意匠建造物」に指定された家々が多くあります。


 時代を遡れば、幕末の志士たちの足音も聞こえてきたことでしょう。

 築100年は有に建っており、使われている木材はさらにその前から使い込まれ、欄干や床の間は外されたり傾いたりしてはいるものの、かつての匠の技があちらこちらに残っています。


 晩年こそグループホームでの生活でしたが、母はこの家で暮らしてきたわけで……。

 京の町家づくりという独自の生活様式の中で歴史と伝統を受け継ぎながらも、自由に広い視野をもち、まさに自然体で貫いた母の姿がありました。


 大きく深呼吸をし、久しぶりに開いた一冊の絵本。

 『わすれられないおくりもの』。


 年老いたアナグマは、あらゆるものを知っていました。自分の死がそう遠くないことも……。


 ある夜、アナグマは机に向かい手紙を書きます。

 そして、長いトンネルを走っている夢を見ます。


 やがて次第に身も心も軽くなり、アナグマはすっかり自由になったと感じながら異界の宇宙へと旅立ちます。


 次の朝、森の仲間はアナグマの死を知ります。

 アナグマが残していった手紙には、次のように書かれていました。


「長いトンネルの向こうに行くよ。さようなら アナグマより」。


 森の仲間たちは深い悲しみに沈みます。

 いつでもそばにいてくれたのに……。

 その年初めての雪が森に降り積もっても、皆の悲しみを覆い隠してはくれませんでした。


 長い冬が終わる頃、仲間たちはそれぞれアナグマから教えてもらったことを語り合います。

 そして、最後の雪が消えた頃、アナグマの残してくれたものの豊かさで、いつしか悲しみは消え、楽しい思い出を話すことができるようになったのです。


 「残してくれたものの豊かさ」……とは?


 命には、限りがあります。

 しかし、その人が生きた『証』は必ず受け継がれていくのでしょう。


 親から子へ……子から孫へ……。

 心の中でずっと……ずっと生き続けていくのです。


スーザン・バーレイ●作・絵
小川 仁央●訳
評論社 定価1050円




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本のすばらしさを味わえる名作


 今年も、「読書週間」が開催されます。


 昭和22年、まだ戦火の傷跡が至るところに残っているなかで、「読書の力によって平和な文化国家をつくろう」という決意のもと、出版社、公立図書館、書店そして新聞や放送の各マスコミ機関も加わって、第一回目の「読書週間」が開かれたそうです。


 時代の背景にエネルギーを感じますね。

 文化の日を中心とした二週間を期間とし、今年で62回目となります。


 この「読書週間」に入ると、東京ではあちらこちらの図書館等で、講座・講演・研究会などが開かれます。

 めったに聞ける話ではないし、あれも参加したい、これも聞きたい!と胸を躍らせますが、二日間の講座で都心まで行くとなるとなかなか決心がつきません。


 那須の山奥での暮らしをちょっぴり後悔する時です。

 でも、だからこそ<本のある幸福>が以前にも増して私の心を捉えるのかもしれません。

 

 そんな私の気持ちを察してくれている友人から教えてもらった一冊の本、『ルリユールおじさん』(ルリユールとは、製本から装丁まで60工程すべてを手仕事で行う職業のことです)。

 一年前に「NHKてれび絵本」で放送されたので、ご存知の方も多いかと思います。


 小さな女の子ソフィーの大事な植物図鑑が壊れてしまい、ソフィーは町の人から「ルリユール」の所へ持って行くといいと聞いて、ある路地裏の工房を訪ねます。


 正確で精巧なスケッチで描かれるパリの街中。

 左ページはソフィー、右ページは製本職人であるルリユールおじさんの動きが、同時平行して進められていきます。


 読み手は、あたかも映画のワンシーンの中でパリの街中を散策しているような錯覚に……。

 それほどに絵画としての見応えも十分な絵本です。


 後半は、本場フランスでも数が少なくなったルリユールの手作業での行程が、ソフィーの興味津々の目を通したやりとりで描かれていきます。

 作者のいせひでこさんが、旅の途中で出会った手職人の「書物」という文化を未来に向けてつなげようとする、自信と誇り、そして情熱が渾身の“青”に表現され、あなたを本の世界へ誘ってくれます。


 10月27日は「文字・活字文化の日」です。

 あらためて、この本の作者であるいせひでこさんの「本は時代を超えてそのいのちが何度でもよみがえるものだと」という言葉が心の奥に響いてきます。


 嗚呼!やっぱり本はいいな!

 またすばらしい本に出会えました。



いせ ひでこ●作・絵
岡本 明●装幀
理論社 定価1680円




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子どもを見つめる柔らかなまなざし


 9月に入ると、那須の山々は夏と秋の交差点にさしかかります。


 8年前に神奈川から那須に移り住んで強く思ったことは、新しい季節の訪れが、こんなにもはっきり感じとれること! 

 空、木々、生きるものに加えて、大地からほとばしる自然の放つ匂い。

 そのひとつひとつが次の季節を予兆し、わずかに残されている五感をくすぐってくれます。


 短い夏、この間にも「ぷーじ&ぷーば」にはたくさんの子どもたちが訪れて下さいました。


 本や室内の遊びに飽きると、子どもたちは草の生い茂った庭に飛び出していきます。

 私たちには、伸びすぎた草を刈ることしか思いつかないただの草むらに、子どもたちは興味津々になって挑みます。


 地面に視線が近いせいでしょうか、子どもの目にはさまざまなものが飛び込んでくるようです。

 飽きずに追いかけては、その行方に思いを馳せたり、自分を呼ぶ声にも微動だにせず、しゃがみ込んでじっと何かを見つめています。

 どこかで見たような……射るような、それでいて、瞳の奥までキラキラした目。


 大人の私たちは、このキラキラした目にどれほど寄り添える目をもっているでしょう。

 子どもたちが持ち合わせている豊かな感性を受け止め、共に分かち合うことがどれほどできるのでしょうか?


 ……そんなことを考えていた時、ふと一冊の絵本の表紙に描かれている女の子と目が合いました。それは、マリー・ホール・エッツのロングセラー、『わたしとあそんで』の主人公の女の子でした。


 原っぱへ遊びに行った女の子。

 動物たちを捕まえようとしますが、みんな逃げてしまいます。

 やがて女の子が池のそばの石に腰掛けてじーっとしていると、不思議なことにさっきまで怖がって逃げていた動物たちが集まってきたのです……。


 淡いクリーム色をバックにした柔らかい線とシンプルな色づかいからは、本当に伝えたいことの本質を見つめようとするエッツのまなざしが感じられるかのようです。


 夏の疲れがまだ身体のどこかに残っていると感じたら、大きく深呼吸をして自然界の声に耳を傾けてみてはいかがでしょう。

 きっと、しばらく眠っていたさまざまな感覚の回路が動き出すに違いありません。


マリー・ホール・エッツ●作・絵
よだ・じゅんいち●訳
福音館書店 定価1050円




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鮮やかによみがえる五感の記憶  


 「夏休み」という言葉に、胸の奥から何かが突き上がってくる興奮を覚えたのは、いくつぐらいまでだったろうか?


 7月に入った頃から、今か!今か!と待ち望んだ夏休み。


 それなのに、一人っ子の私は〈時〉をもてあまし、小学校の校庭へ出かけ、灼熱の太陽の下で誰か仲間が現れるのを待っていました。

 まだプールなどなかった時代です。


 触るとジュッと音がしそうな鉄棒を握りしめ、ヤケドするほど真っ赤になった手のひらや膝の裏。

 そして、あの鉄の匂い!

 水飲み場の蛇口を全開にして口をつけて飲んだ水……。

 生ぬるい日なた水から徐々に冷たくなる感覚まで、不思議によみがえってきます。


 子ども時代の五感に刻み込まれた記憶は、妙にリアルに覚えているものです。

 子どもの頃の私は、いつも夏の中にいたような気がします。


 今回ご紹介する本は、ロバート・マックロスキーの描いた『海べのあさ』という本です。


 マックロスキーは、一年の大半をアメリカのメイン州にあるベノブスコット湾に浮かぶ無人島で暮らしました。

 ここでの生活を描いた3冊の絵本『サリーのこけももつみ』『海べのあさ』『すばらしいとき』は、家族とこの土地に対するマックロスキーの愛の結晶と言われている作品です。


 物語は、『サリーのこけももつみ』に登場した幼くあどけなかったサリーが4、5年の歳月を経て、姉としての自覚も芽生えながら〈歯が抜ける〉という体験に瑞々しい驚きを見せるところから始まります。


 子どもにとっては、一大事件なのです。

 でもそれは、〈大きくなったしるし〉と言われ、ドキドキした中にちょっぴり誇らしげな気持ちがいっぱい詰まっていて、会う人、会う生き物たちに「私!歯が抜けるの!」と、報告します。


 海辺のある一日が、紺色のインクで綴られていきます。

 漂ってくる潮の香り、自然の懐に抱かれて五感をフルに使って過ごす日々。

 あらためて感じさせる家族の絆。

 すべてに守られて思い切り跳ね回って過ごした時間……。


 誰にでもあったろう、そんな日々をゆったりと思い出させてくれる、懐かしさが宿る一冊です。


*サリーと妹のジェインがお父さんに連れて行ってもらう「バックス・ハーバー」や「コンドンさんの修理工場」は、今も絵本そのままに実存しているそうです。


ロバート・マックロスキー●作・絵

石井桃子●訳

岩波書店 定価1785円




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言葉より大切なもの


 ミルク色の梅雨の空が続いています。


 雨に濡れた木々はそれぞれに“緑”を発信し、あらためて緑色がこんなにも存在したのかとビックリ!


 雨の上がったわずかなひとときをぬって、たくさんの小鳥たちが自慢の声を聞かせてくれます。

 カッコウ、ウグイス、シジュウカラ、コゲラ……。

 声を頼りに主を探してもなかなか出会えず、今も声と姿が一致することなく、その他大勢を“小鳥”と一括りにして梅雨空のオーケストラを楽しんでいます。


 カッコウといえば、他の鳥の巣に卵を産み、ちゃっかりヒナになるまで育ててもらう「托卵」(たくらん)という習性で有名ですが、いつだったか、卵からかえったカッコウのヒナがまだ目の開かない状態で、後から生まれた巣の持ち主のヒナを巣から放り出す姿がテレビに映し出されていました。

 自然界の営みと理解はするものの、いささかショックな映像でした。


 人間界の子育ての様子に目を移しても、これに劣らない悲しい出来事が後を絶たず、ため息の出る機会が何と多いことでしょうか……。

 今まさに子育てに向かっているお父さんお母さんたちと同年代の子どもをもつ親としても、気持ちは沈んできます。


 そんな気持ちを奮い立たせ、おすすめする言葉に力が入るのが、今回ご紹介する絵本『ぎゅっ』です。原題は『Hug』。

 文字のほとんどは「ぎゅっ」だけです。


 散歩をしていたおさるのジョジョは、動物たちの「ぎゅっ」に出会います。

 ゾウの親子もキリンもライオンの親子もぎゅっぎゅっぎゅっ。

 ジョジョはだんだん寂しくなって、とうとう泣き出してしまいます。


 そんな時、森の中からママがやってきて……。

 たくさんの動物たちの「ぎゅっ!」の大合唱の中でジョジョはママの胸の中に飛び込みます。……読んでもらっている子どもたちの顔が一気にほころぶ瞬間です。


 埼玉から時々来られるご家族連れがいらっしゃいます。

 いつもの席でいつものように、お父さんは2歳くらいの女の子を膝に乗せ、ほっぺとほっぺをくっつけて「ぎゅっ」を読みます。

 女の子の笑顔はもちろん! 誰よりも幸福そうなお父さんの顔。それを見つめるお母さん……。


 子どもにとって、大好きな大人からの「ぎゅっ」ほど、安心感を与えてくれるものはないでしょう。

 大人だって、心の寄り添いや楽しい世界の共有はうれしいものですもの。


 むしろこの不穏な時代に、羽をむしられたように生きている大人にこそ、「ぎゅっ」は必要なのかもしれません。

 

 素直に、心の底からホッとできる一冊です。


ジェズ・オールバラ●作・絵

徳間書店 定価1470円




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壮大な時の流れを親子で旅しよう


 ここ「絵本屋cafe ぷーじ&ぷーば」の窓からは、一本のメタセコイヤの木が見える。


 ひょんなことから夫婦で始めた家作り。設計士さんや建築家さんに見守られ、時に重たいお尻を押してもらいながら悪戦苦闘していた時に、さまざまな思いを込めて植えた木である。

 あれから4年、当時3メートルほどだった身の丈も、今や倍以上。まだまだ幼な木の様は呈しているものの、生まれたての柔らかな葉をつけた円錐形の姿は、今年も大いに私たちを満足させてくれている。


 メタセコイヤの木は、日本にも300万年前にはたくさん生えていたらしく、化石として発見されたことで「化石の木」と呼ばれていたらしい。

 しかしその後の調査で、300万年前からあまり進化せず今日まで生き続けていることがわかり、有名になった木である。


 300万年前……、地球上に人類が誕生するずーっと昔。ここに紹介する『せいめいのれきし』は、銀河系宇宙の誕生から現在までの生命の歴史を77ページで語っている壮大な絵本である。

 

 舞台で上演されるという設定で、最初のページは今まさに開演のベルが鳴り、人々が席に案内され、幕が上がるのを待っている場面から始まる。

 目次はプログラム、進行役(ナレーター)はその時代の語り手が担っている。

 天文学者、地質学者、古生物学者、歴史家、おばあさん、そして最後は、この本の作者でもあるバージニア・リー・バートンが舞台の袖に登場して話は進んでいく。


 一人で読むには小学校3、4年生くらいからが適当と思われるが、移りゆく時代ごとに繰り返される自然の変化や恐竜の出現が、右ページ画面上にわかりやすい絵で描かれているので、親子で一緒に読み合う楽しさは、5、6歳児からでも十分味わえるだろう。


 そして、注目すべきは最後のページ。

 「時の鎖」は刻々と現代に近づき、カチッ! 時計の音と共に


――さあ、このあとは、あなたがたのおはなしです。

  その主人公は、あなたがたです。――


と結ばれている。


 ……ああ、確実に、未来へとつながる「時の鎖」に乗っている自分に気づかされる。気の遠くなるような長い生命の歴史の中で、たとえほんの一瞬の歴史であっても、今日から明日へとつないでいかなくては未来はないのだ……。


 幼な木のメタセイコイヤも、いつか大木と見上げられる日が来るにちがいない。

 できることなら、そんなメタセコイヤの下で、ぷーじの入れてくれたコーヒーを飲みながら緑のシャワーを浴びたいものである。


バージニア・リー・バートン●作・絵

石井桃子●訳

岩波書店 定価1680円




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